こちらは『恋と深空』二次創作となっております。
間違いで来られた方は即回れ右でお願いします!
《登場人物》
ホムラ、主人公(ネームレス)
▼概要
また突然降って湧いたちょっぴりアホなネタです。
突拍子もないことをする(言う)主ちゃんに振り回されるホムラの図は書いてて楽しいです。
こんな日常の繰り返しで平穏に暮らしてほしい。
▼備考
ホムラ×主人公/ホムラ視点/ネームレス
※余談※
今回魚について調べているうちにダンゴウオに巡り会ったんだけど、ダンゴウオってなんだがさかな丸みたいだなって思いました。
──…
潮騒を聴きながら黙々と絵筆を走らせる。
強弱・リズムともにひとつとして同じもののない音色の共演に、ますます筆が乗って僕の意識はキャンバスに吸い込まれていく。
360度海に囲まれたここでは、波の音が空から降ってくるようだ。
彼女もそれを気に入ってくれているようで、暇があれば特に用事がなくてもやってくるようになっていた。僕の作業を邪魔するでもなく、見学するでもなく、ただそこにいる。イーゼルの前に座る僕の背後のソファで、ごろり。流行りの漫画や小説、ファッション雑誌などを持ち込んで、まるで自分の家のようにくつろいでいる。
合鍵を渡してからというもの、ここは彼女の第二のホームになりつつある。もちろん、それは喜ばしいことだ。
僕の生活に彼女が溶け込む。
彼女の生活に僕が溶け込む。
異なる色相が複雑に絡まり合い、マーブル模様を作るように。
そしてやがて境界があやふやになり美しいグラデーションを作るかのように。
僕はそうなることを願い、そして叶った。
朝方氷点下まで下がっていた気温は日が登るに連れ少しずつ上がり、雲間から降り注ぐ柔らかな陽射しが透明度の上がった冬の水面をキラキラと照らしている。
一緒に朝食を食べた後鼻歌混じりにネットサーフィンに勤しんでいた彼女も、今ではソファの上を退屈そうに転がっている。
僕はもうかれこれ3時間ほどキャンバスと向き合っているだろうか。キリのいいところで一旦休憩にしようと思う。
そんな時、彼女のスマホが軽快に鳴り、背後で「ハイ」と応答する声が聞こえてくる。
「コンニチハ」と挨拶しているところを見るに、友達か仕事関係の相手からだろうか。
そんな風に何気なく思っていると、スマホに向かっていた声がふと僕に投げ掛けられる。まだ通話は切れていないはずだ。
「ホムラ、今日のパンツって、何色?」
「は……?」
思わず驚いて彼女を振り返る。
彼女は体勢を戻し、スマホの通話口を手で押さえてこちらを見ていた。表情は凪のような穏やかな笑みを浮かべていて、心理が読めない。まるで「明日は晴れるかな?」と、特に出掛ける予定もないのに翌日の天気を気にするような温度感だ。
一体どういう目的の質問だろう。
確か彼女には占いの得意な友人がいると言っていたことをふと思い出す。
占いの一種なのだろうか。今日の運勢占いとか? パンツ占い? そんなものがあるのか?
頭の中で疑問符が増殖していく。
「何だい、藪から棒に……」
質問の真意を訊いても「いいから、答えて」と言うだけで、彼女は教えてくれない。
しばし考えた末、僕は仕方なしに答える。この手の耐久戦にはいつも僕の方が負けるから、もう無駄な抵抗はしないでおいた。
「……ダンゴウオ色だ」
彼女はそれがどんな色なのか確認しないまま、伝言ゲームのように一音違わず電話の向こうの相手へ伝えた。
さあ、どんな色かも判らないで占いができるものならどうぞ。
ちょっとした挑戦状を渡したような気分で、僕はまたキャンバスに絵の具を載せる。
すると案の定、また質問が来た。
「ホムラ、ダンゴウオってどんな色?」
ダンゴウオとは、その名の通りお団子のような体型をした小さい海水魚だ。
成魚になってもせいぜい3センチくらいの丸くぼてっとしたフォルムで、小さなヒレを忙しなく動かして泳ぐ姿はなんとも庇護欲をそそる。魚なのに泳ぎが得意でない彼らはいつも岩礁や海藻に貼り付いて暮らしている。そう、腹に吸盤があるのだ。
ふんふんと興味深そうに彼女は僕の話に耳を傾けている。
彼女が僕の仲間に興味を持ってくれるのはとても嬉しい。
ちょうど今の時期このあたりの海にもいるはずだから、今度見せてあげよう。
彼らの生態の面白いところは、棲む環境によって身体の色を変化させることだ。淡いピンクのサンゴ礁域に暮らしていれば濃淡様々なピンクや赤色、海藻の群生地に暮らしていれば緑や黄色に身体を染める。
中には斑点や縞模様など再現性にこだわる個体もいて、周囲のものへ忠実に擬態しないと気の済まない彼らはきっと、神経質で怖がりで、ちょっぴり僕に似ている。
「つまり、ホムラの肌に擬態するパンツ──ベージュ系ってこと?」
うん、話題がパンツの色に戻ったね。
「さあ、どうだろう?」
「ちょっと見せてみて」
見たほうが早いと言わんばかりに、音もなく距離を詰めて彼女が僕のベルトに手を掛ける。
「──ちょ……っ!」
なんて速さだ。さすが毎日ワンダラーを相手にしている深空ハンターだけのことはある。
しかし簡単に剥かれる訳にはいかない。こちらも必死で抵抗をする。力比べなら負けない。
「そんなの嘘に決まってるだろう……っ。君、僕がベージュの下着を履いてるところを見たことあるのかい──っ?」
「──ないよ。ないから見せてって言ってるんじゃない。ベージュ系の下着って、遠目に見たらスッポンポンに見えるよね」
「あのねぇ……!」
実に楽しそうに彼女が笑う。
電話はもういいのか、いつの間にかスマホはソファの上に投げ捨てられていた。
「さっきの電話、下着の色を訊くなんて一体誰が何の用だったんだい」
「んー? 知らない人。なんか、間違い電話っていうか、イタズラ電話? かな」
「なんだって……?」
サァと血の気が引く。
変態からの電話に耳を傾け、のんきに受け応えしていたというのか。
だったら何か? 相手は「ダンゴウオ色の下着」は彼女の下着の色と思っているということか?
「暇つぶしにはちょうどいいかなって思って」
「暇つぶしに変態の相手をしないで」
「変態サンだって話してみたら別に悪い人じゃないかも知れないよ」
「変態に敬称は不要だよ」
ピシャリと言い放つ僕に舌をペロリと出す彼女は、どうやら反省はしていないようだ。完全に楽しんでいる。
深空ハンターのくせになんという危機感のなさだ。
言った側から、彼女のスマホにまた着信がある。
「ホラ、君が軽率に相手をするから味を占めてまた掛けてきた」
大股でソファに近づき、彼女のスマホを手に取る。相手の名前は出ていない。
受話器ボタンをタップして耳元へ傾けると、電波越しに聞こえる音声は少し息が荒くなっているようだった。
思わず眉間に力が入り、相手が何か喋りだす前に言い放つ。
「今からこのスマホは爆発する。二度と掛けてくるな」
まったく、変態が湧いて出てくるのは春先だけとは限らないようだ。
フンと通話を切り、そのまま電源まで落とす。
僕はそれを彼女には返さず、自分のポケットにしまってコートを手に取った。
「出掛けるよ、上着を着て」
「え、どこに行くの?」
「今すぐスマホを買い換えよう」
彼女の電話番号は変態に知られてしまった。また掛かってくることのないよう、電話番号を変えてしまわねば。
電話番号だけならSIMカードを入れ替えてしまえば済む話だが、ストレージが残り少なくバッテリーも弱ってきていると言っていたし、いい機会だから機種ごと交換してしまおう。
少し強引すぎたかなと思わないでもなかったが、暇を持て余していたところへ突然デートの予定ができ、彼女は思いの外嬉しそうに僕の後をついてきた。
ダンゴウオ色のパンツ